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磯崎眠亀物語

  第一章 さむらいにはなりたくない 

天保5年(1834)4月、備中茶屋町の磯崎家の長男として生まれ、名を与三郎といいました。磯崎家は代々小倉織を営み、学問好きであった祖父や帯 江の札役人となっていた父にたくましく育てられていきました。新開地帯沖でひと旗あげようと、児島から移ってきた磯崎家の開拓魂は、祖父や父によって与三 郎の気性のなかに”なにくそ、やるぞ”という強い心としてたたきこまれていきました。

 安政5年(1858)与三郎が25五歳のとき、大きな借金を残したままなくなるという不運がやってきました。

「わたしは江戸へ出よう、きっと自分に合った仕事があるにちがいない。」

と、領主戸川安愛を頼って江戸へ出、是左ヱ門と名のって足軽になりました。

 ある日、身分の高い若ざむらいが、足軽だまりへやってきて、あの川ぷちは辻切りが出たそうだとか、あの四っかどは暗くてぶっそうだとか、憶病な話をするので、たまりかねた是左ヱ門は、

「そんなことでは武士は勤まらないでしょう。」

と言ったところ、その若ざむらい、やにわに刀を抜いて、

「足軽の分ざいでなまいきな。」

と切りかかってきました。

 そんなことで武士の世界にあいそをつかしたかれは、”帯江新田村(茶屋町)へ帰ろう、そして小倉織をするんだ“と考えをかえ、郷里へ帰ることにしました。

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第二章 新小倉織機の発明

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序 章 磯崎眠亀と錦莞莚

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